ハーツ少年の冒険 〜 眼鏡魔人との戦い編・上 〜


 ずり落ちる眼鏡を指で押しあげながら、ハーツ少年
は今日も旅を続けていた。
 見渡すかぎり、真っ白いものに覆われた大地だ。ふ
っくらと分厚く地面を包んでいるのは砂粒で、それは
降りたての雪のようにふわふわと軽かった。
「川はまだかな?」
 後ろからミンディ少年のかすれた声がした。吸殻か
らはみ出たタバコの葉みたいな色の髪を持つこのやせ
ぎすの少年は、毎回こりずにハーツの冒険に付き合っ
てくれる、かけがえのない友人だった。
「もうすぐさ」ハーツ少年は振り向かずに答えた。
 2人が目指しているのは“白い砂漠”の中央を横切
る一筋の川だった。そのほとりは砂漠越えにいどむ旅
人とその供のラクダが、最後の休息をとる場所として
知られている。ハーツ少年とその友ミンディも、今晩
は川辺でキャンプをするつもりだった。
「でも、大丈夫かな?」溶けかけのキャンディから銀
紙をはがしながらミンディは言った。「この辺には魔
人が出るって噂だよ。すっごく見境のないやつで、な
んでも丸呑みにしちゃうんだってさ」
「きっとただの噂だよ」とハーツ少年。
「ほんとに魔人が出てきたら考えよう」
 そう言って笑ったとき、すぐ後ろで声がした。
「それなら今すぐ考えなくちゃな」
 あわてて振り向くハーツ少年。その目に飛び込んで
きたのは―――黒々としたローブに体を包んだ老人の
姿だった。猫よりずっと丸い猫背。カギ爪形の鼻の上
には丸眼鏡を乗せていて、よくよくその顔を見ると老
人なのか老婆なのか分からなくなってくる。
 ミンディはすぐ横にいるローブ姿の人物を見つめた
まま、凍りついたように立ち尽くしていた。
「ぼ、ぼくは、平気」ハーツの視線に気づくと、砂よ
りも真っ白い顔をしたミンディは早口で答えた。
「キャンディを丸呑みにしちゃっただけさ」
 老人のほっぺたに、にぃっと複雑な形のしわができ
た。まるで皮の下に別の生き物がすんでいるような感
じだった。
「おお、おお、丸呑みとはなんと残酷な!
 かわいそうなキャンディちゃん」
 老人は鼻眼鏡がずれるのも構わず、ぷるぷると小刻
みに頭をふり続けた。「キャンディちゃんの無念はわ
しが晴らしてやるからな。この小汚いガキどもを骨の
髄まで消化して、砂漠のチリにしてやるぞ」
 老人のにごった瞳がミンディの方に転がる。とたん
にローブのすそがひるがえって、中から枯れ枝のよう
な腕が突き出してきた。三叉矛みたいにとがった老人
の指先は、ひきつったミンディの顔めがけて一直線―
――と思いきや、少年の鼻先を通りすぎ、むなしく空
中へと突き刺さった。老人は少し不思議そうに首をひ
ねったが、すぐ何かに気づいたようだった。あわてて
両手を顔に運ぶと、鼻の上で斜めになっていた眼鏡を
丁寧にかけ直し始めた。
「僕も小さいときから悪いんだけど……」ハーツ少年
は老人に声をかけた。
「おじいさんも、ずいぶん目が悪いんだね」
 少年の言葉を耳にしたとたん、老人の顔面に新しい
しわがギュルっと盛り上がった。
「なぜ分かった」
 眼鏡をぐいと鼻筋を押し付け、老人はハーツ少年に
向き直った。
「なぜわしの目が悪いと分かった」
 ハーツとミンディは顔を見合わせた。その間に老人
の頭の中でまた何かが弾けたようだった。
「そうか、分かったぞ。おい、小僧――」老人は白
骨みたいな指でハーツ少年の眼鏡を指した。
「貴様のそれは、魔法のスペクタクルスだな」
「スペクタ……なに?」
「おお、魔法のスペクタクルス!」
 少年の声を無視して黒ローブの老人は天を仰いだ。
その身体はまたぷるぷるし始めていた。 〈つづく〉