ハーツ少年の冒険 〜 眼鏡魔人との戦い編・下 〜


「それは相手の本性を見抜く恐ろしい魔法の道具!
 その前では一切のウソが通用しない!」
 ひとしきり体を震わせると(今度は先に眼鏡のズレ
を確認してから)老人はハーツ少年を見据えた。
「そんなものを小僧が持っていても仕方がないぞ。
 大人しくわしに渡すがよい。さもないと――」
 言い終わるより早くまた腕が走り出てくる。それは
ゆうに一抱えはある石を持ち上げ、赤々と開いた老人
の口の中へ消える。老人は風を起こして口を閉じ、一
気に石を飲み下した。そのとたん、井戸の底に何か落
ちるような、どぼーんという音が響いた。
「――分かったかね。スペクタクルスを渡さないと、
今度はおまえらがわしのキャンディちゃんになるとい
うわけだ」
 ミンディはおびえた眼差しでハーツ少年を見た。
「み、見たかい? あのでかい口。どうしよう、この
人が噂の魔人みたいだ」
「でも、困ったな…………」とハーツ少年。
「眼鏡がないと旅を続けられないよ」
 考えている間にも、足元の岩石がまた1つ老人の顔
の中に消えた。黒ローブの中から重い水音が響く。
「けど、飲み込まれちゃったら元も子もないよ」
ミンディはさっき飲み込んだキャンディのその後を想
像し、ひとりで身震いした。
「そうだね、ここは仕方ないか――」
 ハーツ少年は老人へと歩みよった。
「おじいさん、言う通りにするよ。やっぱり飲み込ま
れたくはないから」
「おお、おお、利口な小僧だ」
 老人はハーツの顔を見ると、目尻に山脈のようなし
わを作った。ハーツはだまって眼鏡を外し、老人の足
元に置いた。
「こ、これが魔法のスペクタクルス……」老人は声を
震わせ、ハーツの眼鏡へ顔を寄せた。もどかしげに顔
の眼鏡を投げ捨てると、手探りで求めるものを探しあ
て、しっかりとそれを顔に収めた。
「おお、さすがは魔法のスペクタクルス!」
 ローブを舞わして老人は喜びに打ち震えた。
「これさえあれば、わしに怖いものなどない!」
 最後にひときわ大きな声でそう叫ぶと、老人は現れ
たときと同じように突然その姿を消した。
 白い砂の上にただよう声のこだまと、2人の少年た
ちの姿だけが、後に残された。
 ミンディはゆっくり辺りを見回した。
「おじいさん、行っちゃったね」黒いローブの影はも
うどこにもなかった。やけにすっきりしたハーツ少年
の横顔を見て、ミンディはさびしい気持ちになり、ポ
ケットにキャンディを探した。老人のいた場所にたた
ずむハーツに歩み寄ると、半分だけ銀紙をむいてそれ
を差し出した。
「気を落さないで。旅ならまた出直せばいいよ」
「いや、たぶん大丈夫さ」とミンディの声に答えるハ
ーツ少年。砂の中から何かを拾い上げ、それにふっと
息を吹きかける。それから何かを思い返すように、し
みじみと言葉を続けた。
「やっぱりあの人、ものすごく目が悪かったんだ」
 振り返ったハーツの顔を見て、ミンディの顔にも微
笑が浮かんだ。そこには見慣れたものが乗っていたか
ら。
「あのおじいさん、最後の最後で間違えて、自分の眼
鏡をしていっちゃったみたいなんだ」
「じゃあ今かけてる眼鏡は―――」
「正真正銘、ぼくの眼鏡さ」ハーツ少年はキャンディ
を受け取ると、ぜったいに丸呑みしないよう気をつけ
て口に運んだ。
「もし本当に魔法の眼鏡があっても、あれじゃどうし
ょうもないよね」とハーツ少年はいつものように眼鏡
を押し上げて、「だってご主人様は、いつも肝心なと
きに眼鏡を外しちゃうんだからさ」
          〈眼鏡魔人との戦い編・おわり〉