【カーネリア】 7巻


第7回 女神行き

 隙間風のような音を鳴らして、僕は息を吸い込む。
導力器を握ったままの手で、首に食い込むシーツをほ
どいた。横を向くと、口から唾液が溢れた。どん、と
背後で何かが動く気配。《猟兵団》の女が、まるでバ
ネ仕掛けの人形みたいに跳ね起きる。腹に1発魔法を
お見舞いしたはずなのに、そんなこと気にも留めてい
ないような滑らかな動き。
 思わず後退った僕の肩口で、生木の裂けるような音
がする。次の瞬間、千切れたドアと一緒になって、シ
スター・カーネリアが部屋へ転がり込んで来た。その
腕が鞭のようにしなり、すれ違いざま女猟兵の首を払
う。くるりと女は宙を舞い、頭から墜落する。踊り子
みたいに高く膝を抱え込むシスター。床に伸びた女の
喉を、ブーツのかかとで踏み抜く。
 ちらと僕を見て手招きすると、シスターは窓から地
上へ身を躍らせる。まるで踏み台から降りるような気
安さだ。バッグを手繰り寄せて、彼女の後に続く。待
ち構えていたシスターに抱き止められ、朝の通りを駆
け出す。僕らの耳に、始発列車の警笛が響いた。シス
ターが横手から乗車券を差し出す。受け取ろうとして
僕は、ずっと握りしめていた石鹸を投げ捨てた。
 
 
 車内は紳士たちのタバコで煙っていた。刷りたての
雑誌の匂いと、咳払い。僕はひどく落ち着かない気分
になる。帝都行きの列車に、バッグを抱えたまま乗り
込むのは妙な感じがした。
「導力器と同じなのよ」魔法に裂かれた僕の足を白い
ハンカチで止血しながら、カーネリアは言った。
「1度駆動し始めたらね、あとは誰かにぶん殴られる
まで、もう止まらないの」彼女は半分に折った誌面を
膝に置き、とんとんと指で突いた。今朝発売されたば
かりの《帝国時報》。数行の差し替え記事が、帝都で
起きた工房店主の変死を伝えていた。ミヒュトの本当
の歳を、僕はこのとき初めて知った。
「間一髪だったわ」とシスター。雑誌をコートの懐に
しまう。「あの店にもう5分いたら、トビー、あんた
も女神行きになってたとこよ」
「分からない」僕は首を振った。カウンターの奥で冷
たくなったミヒュトの姿と、反故紙に包まれた金属塊
とを、僕は同時に思い浮かべた。一体これはなんだろ
う? 僕らもあんな物のために死ぬのか?
「《アーティファクト》だからよ」答えるシスターの
声を僕は鼻先で笑い飛ばした。「古代遺物? そんな
物、今までだって運んできたさ」
 《アーティファクト》とは古代文明の遺産で、導力
器めいた正体不明の機構の総称だ。骨董品として貴族
たちの間で人気が高く、僕が密輸してきた盗品の中に
も、それらしい代物が結構あった。大抵は今回の品と
同じく泥まみれ。退廃趣味以上の価値を、僕は見つけ
ることができなかった。
「違うのよ、トビー。今度のやつは違うの」
 カーネリアは子供にさとすような声で言った。
「あれは、生きてるのよ」
 意味が分からず、僕は彼女の目を見る。「今でも動
くってことよ。どんな力があるのか、判ってはいない
けど」シスターは言い直す。
「あれが発掘されたのは30年前、帝国領内――」
 シスターの語る金属塊の物語は、貴族たちの暗闘の
歴史そのものだった。権力者の交代に合わせ《アーテ
ィファクト》も手から手へ。しかしそれは《百日戦役
》の直後、行方知れずになってしまったそうだ。
「で、今回ほんと久々に帝都に現れた」到着時刻の案
内が車内に流れ、シスターは足を組みかえる。
「あれを狙ってる奴が《猟兵団》を、そして教会はあ
たしを派遣した。あんたと《アーティファクト》を連
中から保護するためにね」
 僕は足元のバッグを見つめた。列車は静かに、その
速力を落とし始めた。