第10回 勝負の始まり
小さなカード台をはさみ2人が対峙する。
2人の目の前にはチップの山。
どちらか一方の山がなくなった時、
それが、この勝負の決着する時だ。
時計の針が深夜の0時を指す。
ジャックとハルの大勝負が静かに始まった。
――勝負は一進一退。
ジャックが勝てば、ハルが勝ち、
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ハルが勝てばジャックが勝つ。
お互い一歩も譲らない。
この接戦に驚いたのは、
ウォンとその取り巻き達だった。
ジャックに賭けたものはみな野次を飛ばした。
勝負中、ハルはことあるごとに
ジャックに話しかけた。
会話で相手のペースを崩すのは常套手段だ。
だが、ハルの執拗な態度は
誰の目から見ても異様だった。
しかし、ジャックは
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そんなハルに一切言葉を返そうとしなかった。
勝負が始まって30分。
沈黙を破り、突然ジャックが口を開いた。
「……ある所に1人の男がいた。」
周囲にやっと聞こえるくらいの声で
彼は語り始め、静かに後を続けた。
「男には憧れの存在がいた。」
「男は『憧れ』になりたくて、
『憧れ』に勝ちたくて、
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……『憧れ』に近づいた。」
――2人のカードが開かれる。
ジャック、ワンペア。
ハル、ツーペア。
ジャックからハルへチップが移動する。
「フフ、どうしたのジャック?
それも作戦のうちなのかしら。」
時折ハルが茶々を入れても
ジャックはかまわず話を続けた。
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「男は『憧れ』の技を盗み、
自らの技を磨き上げた。」
「そのかいあって男はいつしか
『勝利』と呼ばれるほど強くなった。」
「ある時、そんな評判に目を付けた奴がいた。」
「共に最強と云われた
2人のギャンブラーを戦わせる。」
「……これほど面白いショーはなかった。」
エンリケの耳がピクリと動く。
ジャックの話には何か引っ掛かるものがあった。
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「男はショーの提案を喜んで受け入れた。」
「『憧れ』との一世一代の大勝負だ。
………男の心は躍った。」
「その時の男には、周りなんて
何も見えちゃいなかった。」
「まして、負けることが何を
意味するかなんて考えもしなかった。」
「………………………」
ハルはいつの間にか
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ジャックの話に聞き入ってしまっていた。
それは観客達も同様だった。
いつしか広間にいる全員が、
ジャックが小声で語る話に耳を傾けていた。
――2人のカードが開かれる。
ジャック、ノーペア。
ハル、フルハウス。
ジャックからハルへチップが移動する。
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