第8回 ハル
時計の針が夜の11時を示している。
ジャックとハルの勝負は0時の開始だ。
ハルはエンリケの部屋でその時を待っていた。
『あなたの父親は、
7年前に病気で亡くなった。』
母親からそう言い聞かされて育った少女は、
3年前、父が勝負で死んだことを知った――
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多くの時間を母親と過ごしてきた彼女に、
父の思い出はそれほど多くはなかった。
だが、だからこそ余計に
かけがえの無いものとして
彼女の心に深く刻み込まれていた。
一番よく覚えているのは賭場の光景だ。
あまり連れて行ってもらえなかったが、
まるで魔法のように華麗なカードさばきで
立派な身なりの紳士たちを黙らせる父の姿は、
彼女にとってまさに憧れそのものだった。
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記憶の中にある最後の思い出は、
ベッドにふせっているハルの手を取り、
安心しろと勇気付けてくれる父の姿だった。
その記憶のせいか、彼女はどうしても
母親の伝える父の最期を信じられなかった。
最後に見た父は、いつも通り元気そうで
その後すぐに病に倒れたとは思えなかった。
そしてある時、母の手伝いで
町まで買い物に出かけた彼女は、
ふと思いついて裏通りの賭場へ足を向けた。
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そこでチンピラどもの世間話を耳にした瞬間、
彼女はたちまち父の死の真相を悟った。
賭場に出入りする者たちにすれば、
7年前の勝負はあまりに有名な話だった。
事実を知った彼女を支配したのは
たった1つの感情だけだった。
ジャックに対する復讐心。
彼女は父の域まで腕を磨くことを誓い、
賭場に出入りを始めるようになった。
そんな彼女のことを人づてに知り、
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声を掛けたのがあのエンリケだった。
7年前、ジャックの勝ちに賭け
ウォンとの争いに勝利を収めた彼は、
今度はキングの娘であるハルに
ジャックに対する勝機を見出した。
そして、勝負の再現を持ちかけたのだった。
ハルにとっても渡りに船の話だった。
彼女は母親との連絡を絶ち、
エンリケの組織に身を寄せる。
元々持っていた類まれなる才能を
すべてを捨てて必死に磨き上げた彼女は、
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わずか3年でキングの域に達したのだった。
じっと勝負の時を待つハルの瞳には
その3年間が映っていたのだろうか――
ソファーに腰掛けたまま彼女は俯き、
ひとつ大きな吐息をついた。
「あまり気負う必要はないぞ。」
エンリケが優しく声を掛ける。
「………心配しないで。
私、気負ってなんかないわ。」
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ハルの顔にほんの一瞬、
憂いにも似た表情が浮かぶ。
だが、次の瞬間には普段の
ポーカーフェイスに戻っている。
「今はただ、ジャックの惨めな負け姿……
それを見るのが楽しみなだけよ。」
ハルの言葉を聞き、エンリケはほくそ笑む。
勝利を確信したのか、
その歪んだ顔をさらに歪ませた。
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