『南方海域漂流記』
デュシス地方南部のブリザックを最後の寄港地として
三週間ほどで、我々はその海域に到達した。
マストをへし折られ、舷灯すら吹き消された
本船は、さながら迷走する幽霊船のようだ。
風は鳴り止まず、霧も晴れる様子はない。
船体はきしみ、針路を定めることすら容易ではなかった。
『混沌の渦』に飲まれたのか、僚船からの応答はない。
孤独と絶望に苛まれたような霧笛が
霧のなかに吸い込まれていく。
王の命令とはいえ
私は始め、この仕事に乗り気ではなかった。
ベイル船長によって発見された
世界の果ての一つ、『ガガーブ』。
大陸の東に穿たれた巨大な亀裂は、そう呼ばれる。
亀裂の向こうがどうなっているのか
確認できた者は、1人としていない。
このガガーブを洋上から調査し
世界の果て解明の足がかりとせよ。
それが今回の任務であった。
世界の果てに挑むことは冒険家の本懐であり
晴れ舞台として申し分ない。
だが、実情は庶民から貴族にのし上がった私を
掣肘せんがためのリヒャルト伯の策謀である。
他者の目にも明白であったことだ。
この時期は海が時化やすいだけではなく
『混沌の渦』がもっとも荒れ狂うことは周知である。
伯の嘲笑めいた笑みがまぶたの裏に浮かぶ。
大海をして我が墓標とするのは望むところだが
宮廷内の陰湿な抗争に巻きこまれて
迎える最期ほど虚しいものはない。
ここで死ぬわけにはいかない。
成り上がり貴族としての栄光などどうでもいいが
冒険家としての魂は高潔でありたいと思う。
世界の果てに挑むことも
いつか成しえたいと考えていたことだ。
このような形で機会を得るとは思いもよらなかったが
今はガガーブの謎を解くべく全力を尽くすことを誓おう。
偉大なるバルドゥスよ。
願わくは、我らに加護を与えんことを。
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