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『女剣士サフィー 第1巻 〜2人の剣士〜』
             カラムロ・カラムス著

彼女がなぜサフィーと呼ばれるのか
知る者は少ない。

瞳がサファイアのようなブルーだから
と言う者もいれば、
心が宝石のように冷たいからと噂する者もいる。

彼女のレイピアは風よりもとらえにくく、
太陽の存在よりも確実だった。

男の剣士にまじっても
彼女の技は見劣りするばかりか、
逆に輝きを増すようだった。

そんな女剣士サフィーが
唯一好敵手と認めた人物がいた。
バルハラの剣士ブラッド。

この2人の剣士の名声は王族にまで届き、
彼らの剣は恐れを知らなかった。
お互いが出会うまでは・・・。

『女剣士サフィー 第2巻 〜ある決闘〜』
             カラムロ・カラムス著

サフィーとブラッドの初めての出会いは
底冷えのする新月の晩のことだった。

サフィーはトルマリン子爵に雇われ、
ある決闘に関わっていた。
相手は社交界で知らぬ者はいない
ヒスイ男爵家の長男ガーネット。

彼の振舞いは分を越え、
トルマリン子爵は自らの身にふりかかった
侮辱を飲み込むことはできなかった。

当時貴族同士の決闘では
代理人を立てるのは常識で、
トルマリン家はサフィーを、
ヒスイ家はブラッドを指名したのだ。

お互いの依頼人をうしろに控え、
2人の剣士は向かい合った。
サフィーとブラッドに決闘開始の合図は不用だ。

互いの瞳に殺意が宿ったとき、
剣を引き抜く鋭い響きが月夜にこだました。

『女剣士サフィー 第3巻 〜ゆれる紫煙〜』
             カラムロ・カラムス著

サフィーのレイピアが月光を反射して弧を描く。
迎えるブラッドのカトラスは
弧を制するように直線的な動きを見せる。

サフィーは剣を交える相手に
初めて畏怖の念を抱いた。
事実、彼女の素早い突きを、
全て止めたのは、ブラッドが初めてだったのだ。

ブラッドもまた、彼女の天性のしなやかさに
少なからぬ驚きを感じていた。
そして何よりも、その力が何者かに向けられた
憎悪からくることに。

鋼と鋼が闇の星となる。
2人の弾む息が、銀河の雲と化す。

トルマリン子爵は、ガーネット男爵への
敵意さえも忘れ、逞しい壮年の剣士に立ち向かう
小柄な娘の剣さばきに魅了されていた。

一方、ガーネット男爵は、落ち着き払った仕草で
パイプをくゆらせていた。
その煙の意味を、サフィーとブラッドが
知る由もなかった。

『女剣士サフィー 第4巻 〜腕の傷〜』
             カラムロ・カラムス著

永遠に続くかと思われた2人の攻防は
誰もが予測しなかった結末を迎える。

サフィーが得意とする、切り返しの一撃を
ブラッドに向けて放とうとしたときだった。

彼女の左腕に激しい痛みが走った。
ブラッドがこの隙を逃すはずはない。
彼のカトラスは、耳をつんざく金属音を発し
サフィーのレイピアを弾き飛ばした。

体勢を崩したサフィーに、
ブラッドの最後の一撃が迫る。
サフィーは固くまぶたを閉じ、死の刃を待った。

しかし、ブラッドは踵を返すと、雑木林に向かって
カトラスを投げつけた。
一瞬後、鈍い音を立て、クロスボウを持った男が
地面に倒れ込む。

サフィーは左腕に深々と刺さった矢を
引き抜きながら立ち上がった。
その目に、第三者を介入させたガーネットへの
怒りの色をたたえながら。

殺気立つサフィーを止めたのはブラッドだった。
闇に紛れて矢を放たさせたガーネット男爵は、
決闘の作法に反したことで爵位を剥奪される。
すでに、剣士の役目は終わったのだ。

『女剣士サフィー 第5巻 〜灰色街〜』
             カラムロ・カラムス著

夜が明けようとしていた。
サフィーは傷ついた左腕をかばいながら、
グレイタウンの狭い路地を歩いている。

王国のはきだめ、貧民窟、あばずれの住処。
グレイタウンを正規の名で呼ぶ者は少ない。
そんな街に、サファイアと名乗ってから
彼女は住み着いていた。

崩れかけた古い屋敷が見えてきた。
職の明らかでない者たちが、勝手に住む一角。
サフィーがアメジスと暮らす一室もそこにある。

ここに住む者たちに足りないのは
わずかな金貨と、最低限の思いやりだけだ。
ひと握りの貴族階級が、彼らからパンを奪う。
パンのために、人は良心を売る・・・。

『今の私にはお似合いだ・・・。』
サフィーはそんな思いと、腕の痛みから
苦笑をもらした。
綿のはみでた粗末なベッドが、今は恋しく思える。

8つになったばかりのアメジスが
サフィーを迎えてくれる。
その汚れを知らない笑顔を見て、
サフィーは意識が遠のくのを感じた。

『女剣士サフィー 第6巻 〜悪夢〜』
             カラムロ・カラムス著

ろうそくに揺らめく影。
不気味に反った短刀の光。
幾夜も繰り返されてきた悪夢。

これは夢だと彼女には分かっていた。
見るに耐えない光景から目をそらせないことも。

影が狂気の刃をふりかぶる。
『逃げて!』
幾度も繰り返されてきた言葉。

壁に飛び散る深紅の飛沫。
血の流れと共に失われていく愛しい人の命。
亡骸を目の前にして、呆然とする幼い日の自分。

決闘後のブラッドの一言が思い返される。
『剣に秘めた憎悪は、自分を食い潰すぞ。』
幼い自分が、血塗られた剣を持つサフィーに変る。

固く結ばれた唇。束ねたブルネット。
そして見る者を震え上がらせる冷えたブルーの瞳。
『ちがう!』
サフィーは自らの悲鳴で、悪夢から解き放された。

『女剣士サフィー 第7巻 〜父の剣〜』
             カラムロ・カラムス著

冷や汗が頬を流れ落ちる。
アメジスが心配そうに、サフィーを見つめている。
彼女は決闘の後、4日間も眠り続けた。

サフィーはアメジスに微笑みを見せた。
小さな男の子は気丈にも、一睡もせずに
彼女を看病してくれたのだ。

安心したアメジスが眠りにつく前に
サフィーに小さな皮袋と、
封印された羊皮紙の巻物を手渡した。
彼女が眠り続けた間に届けられた物だという。

皮袋には見事に磨かれたサファイアが入っていた。
トルマリン子爵のしゃれた報酬だ。
続いて無造作に羊皮紙を開く。

サフィーは、丹念に記された文字を追いながら
早まる動悸を抑えるのに必死だった。
御前試合の招集状。
待ちに待った時が、ついに来たのだ。

彼女は壁板の間に隠してきた一振りの剣を取り出し
アメジスの穏やかな寝顔にささやきかけた。
『この剣が、全てを終わらせてくれるわ・・・。』

『女剣士サフィー 第8巻 〜再戦の時〜』
             カラムロ・カラムス著

トパーズ国王の御前試合には、国中から
選りすぐりの剣士たちが集められた。

中でもブラッドとサフィーは注目の的だった。
先日の決闘を知らない者はいなかったのだ。

血と華麗な技に飢えた貴族たちの見下ろす中、
ブラッドとサフィーは、膝を屈することを知らず
ついに再び剣を交えるときが来た。

この一戦の勝者には、一級剣士の称号が贈られる。
だが、サフィーには称号など何の価値もない。
ブラッドを見据えながら、彼女は呼吸を整えた。
目の前の男を倒せば、剣士としての人生は終わる。

サフィーは使い込まれたサーベルを引き抜くと
ブラッドを圧倒する疾風のような攻めを見せた。
頭部への突きを2度、脇腹への払いを1度、
規則正しく寸分の狂いもなく。

当初押され気味だったブラッドは、素早いが
単調な攻めを続けるサフィーに、反撃を始める。
サフィーは隙を見ては同じ攻めを繰り返すのみ。
勝敗は決したかに思えた。

サフィーは悪あがきとも思える同じ攻めを繰り出す。
だが最後の払いで、手首を捻り頭部へと切り返した。
フェイントだと気付いていても、ブラッドの体は
執拗な攻撃で覚え込まされた反応をしてしまう。

額に突きつけられたサーベルに、
ブラッドは無言でカトラスを投げ出した。
女剣士が国内の剣士を制したのである。

『女剣士サフィー 第9巻 〜復讐の刃〜』
             カラムロ・カラムス著

サフィーは微動だにせず、
トパーズ国王が玉座から降りて来るのを待った。

『男であれば、宮廷剣士となれたものを。』
親しげに近付いてきた国王は、サフィーの帯びている
剣を見て力なく呟いた。
『・・・シルフィング・・・。』

かつて、この名剣を自在に操った剣士がいた。
その有能さ故に王族の秘密に通じ
決りきった死を遂げた。
その命令を下したのはトパーズ国王なのだ。

国王の異変に気付き、駆け寄る兵士よりも速く
サーベルの切先が、国王の喉元に押し当てられる。
サフィーの瞳は今や、冷たく燃える宝石だった。
憎しみを糧に燃え続けるサファイア。

1歩踏み出せば、父を殺した男の命を絶てる。
だが、国王の老いた瞳に自分の姿を見たとき
サフィーはブラッドの言葉を思い出した。
『剣に秘めた憎悪は、自分を食い潰すぞ。』

憎悪は新たな憎悪を呼びさます。
サフィーが戦ってきたのは、自分自身の中で
青く燃え続ける憎悪だったのだ。

彼女は静かにシルフィングを鞘に収めると
ゆっくりとその場を立ち去った。
誰1人動こうとする者のない中、彼女の瞳の炎は
徐々に湖面の静けさへと変っていった。

  女剣士サフィー 完