《妖術師》
絢爛たる刺繍のはいった天幕の中には
10人の老人たちがひしめいていた。
赤の部族の十賢老。
重要な決定は
全て彼らの部族会議によってなされる。
その日の議題はもちろんミリガン率いる
敵軍のことであった。
先日の報告で
相手の兵力が自軍をはるかに
上回ることが判明した。
徹底して抗戦することに
活路がないことが明白になりつつある。
「とにかく・・・
いくらザムザが今は勝っていても
いずれは負ける。
兵力が違いすぎるわい。」
「じゃが、奴は
バルドゥス教会の手先も同然。
軍門に下るのは憚られる。」
「うむ、先祖より受け継いできた
精霊神様の恵みある土地を
失うことにもなりかねんぞ。」
「しかし、戦局が有利な今なら・・・
条件を出して
講話を申し出るのも手じゃ。」
「ミリガンは征服者じゃが
聡明で公平な人物とも聞く。
それがいいのかもしれん。」
この部族会議には十賢老以外の者が
呼ばれることはない。
だが、この日は11人目がいた。
しかし、十賢老の誰もが
その存在自体に気付いていない。
その男は姿、気配ともに
消し去っているのだ。
男の名は妖術師テンペスト。
赤の部族の内部抗争は
実はこの者の策謀によるものである。
だが、この事実を知る者は
本人を除いては他にいない。
齢80には達するはずだが
その容姿は20代のものである。
彼の力の一端なのだろう。
しわがれた声が交錯するなか
漆黒のローブをまとった
彼は無言でうつむいていたが
やがて、肩を揺らして口を開いた。
「講和ですか。
もっともなお考えですが
そうさせるわけには行きませんな。」
「誰じゃ!?」
「くっくっくっ・・・・・・」
老人たちの誰何は嘲笑をもって報われた。
狼狽した十賢老たちは、あたりを見まわす。
テンペストは黒衣をはためかせて
自分の姿を不可視とする術を解いた。
老人達の目が驚きのあまり
見開かれる。
「あなたたちは
まだまだ利用させてもらいますよ。
このテンペストのためにね!」
そう言い放ったテンペストの瞳に
毒々しい赤い光が宿った瞬間
老人たちは全身から力を抜かれたように
いっせいにうなだれた。
その瞳からは生気が消えている。
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