囲碁上達への「6段階」と「囲碁の薬(5原則)」

勝負に強くなる、ただライバルに勝てるようにするだけなら詰碁とヨセの勉強をすれば可能です。
しかし、さらに上、囲碁の高みを目指そうとする場合、単に小手先の勉強では無理です。
囲碁が目に見えて強くなるということは質的に変化したときで、それはそれまで打っていた打ち方が変わったときです。以下に書いてあることをじっくり読んで質的変化をしてください。



浅井の「6段階」

第1段階 : 弱い石を作らないために、極力自分の石を繋ぐよう心がけること。
 盤面の自分の石が全部繋がれば必然的に相手の石は切れ、自分は強い石で相手は弱い石ができることになります。
 これがある程度出来るようになったら、

第2段階 : 自分の石は繋ぎ、極力相手の石を切るよう心がけること。
 第1段階では繋ぐだけでしたが、相手の石を切るようにすることで攻めの気持ちが生じます。
 これもある程度出来るようになった人は、

第3段階 : 将来性の初期段階として、広い方に石を配置するよう心がけること。
 これが出来るようになると、目先しか見ていなかった人が、碁盤を若干広く見ることが出来るようになります。
 そこで、

第4段階 : 愚形を打たないで、愚形以外の方法で局面を切り開くこと。
 このことによって、更に碁盤を広く見ることが身に付いてきます。
 次が、

第5段階 : 厚みに近づかないよう心がけること。
 碁盤が広く見えるようにならないと、なかなか理解できないものです。
 続いて

第6段階 : 本来の、将来性を大事にして打つよう心がけること。
 第6段階まで来た人はようやく囲碁というものの本質に迫れる門口にたどり着きます。
 この後は石田さんの「囲碁の薬」をお経のように唱えて碁盤に向かってください。

将来性とは(補足)
将来性を大切にするとは、一言で言えば、
「自らの盤上の石の効率を維持または向上できる位置に配石するか、もしくは相手の盤上の石の効率を現状よりも悪くすることのできる位置に配石すること」

【将来性の具体的区分】
大きな模様:相手が侵入せざるを得ない模様。模様を地にするのではなく、侵入してきた相手を攻めることにより利得を図ろうとすることが大切。逆に、模様に芯を入れ地に近くすることも大切。
相手の模様の近くにある自らの石の強化:相手の模様の消しに憂いを残さないという意味で、極めて大切。逆に、補強される前にそれに襲い掛かることも急場の一つ。
傷のある模様:傷(きき筋)を利用し、模様の中で生きを図る場合や、外部へ脱出する場合があり、模様を形成した石の働きを減ずるもの、逆に、傷を解消し相手を入りにくくするもの。
あと1手かけると厚みが効率の良い地になる箇所:とりあえずこれを阻止するが、相手の応手によりその着手に固執しないことが大切。効率を少しでも減ずることができれば成功位の考え方でいることが大切。
石数を多く配置した部位から考えた領域:厚みをそれに見合って活用することが極めて大切である。配石によりその領域や活用方法は異なるが、この活用を将来性に加える考え方も必要である。

指導碁でよくある話
①「この手は厚みに近づいていませんか?」
指導碁でそう聞くと、"アマの“ちょっと強い人”(三段格以上が多い)から、たいてい次のような返事が返ってきます。
「この石を攻めようとして打った手なので、悪いとは思っていません。このあと、どう打つのがよかったのでしょうか?」
②相手の地模様ができかけると、どうしても打ち込みたくなる。逆に、自分の地模様が見えてくると、その確保を最優先してしまう。その結果、盤上に弱い石、あるいは攻めの対象となる石がいくつも残ってしまう――そんな場面も少なくありません。
この点を指摘すると、
「でも、このままだと相手の地が大きくなってしまいますし……」
「ここに打てば自分の地が大きくなるので、どうしても譲れません」
といった反応が返ってきます。そして決まって、「では、このあと、どう打てばよかったのでしょうか?」と続くのです。
しかし、こちらが本当に伝えたいのは、その“あと”の手ではありません。そもそも、その局面に至る考え方自体に問題はなかったのか――そこに目を向けてほしいのです。ところが多くの場合、その問いには耳を貸さず、「今からでも形勢をよくする手」を探そうとする。特にオトナの指導碁では、この傾向を強く感じます。

碁は「地の多い少ない」を競うゲームですから、誰しもまず地のことを考えてしまう。とりわけオトナほど、「地に関する自分の判断は間違っていない」という確信を、どこかで持っているものです。
「そこは地の発想になっていますね」と伝えると、たいてい少し不思議そうな顔をされます。地のことを頭から一度外す――言葉で言うほど簡単なことではありません。しかし本来は、地よりも先に見るべきものがあります。石の働きであり、全局的な石のバランスであり、そして石の強弱です。
それらを最優先に全局を組み立て、その上で着手点を決める。この感覚が身についてくると、碁はまったく違った景色を見せてくれるようになります。指導碁の現場では、その「景色の切り替え」を伝えることこそが、いちばん難しく、そしていちばん大切なテーマだと思われます。



石田の「囲碁の薬」

処方箋1 : 将来性(と思うの)はどこか。
 自分と相手の将来性を(常に)考慮しながら打ち進めます。

処方箋2 : 弱い(と思う)を作らない。
 弱い石(攻められる石だけではなく、いますぐ取られるわけでは無いけれど、そこを気にして打たねばならないのが負担となる石)ができると、いわゆる張った手(最強の手)を打てなくなる。

処方箋3 : 強い(と思う)に近づかない。
 相手の強い石に近づけば攻められる弱い石にすぐなります。自分の強い石に近づけば無駄に厚い石となり効率が悪くなります。

処方箋4 : 愚形(と思う形)を作らない。
 空き三角が有名ですが、ケイマや一間飛びの石を相手に突き抜かれるのも愚形です。愚形を作ると石の効率が悪いのです。

処方箋5 : 攻めを念頭に置いて、4つの処方箋を調和良く服用し着手を決定する。


最初の6段階は、私の仲間であり、囲碁教室の先生をしている浅井建さんの考案によるものです。
石田の「囲碁の薬」は、私の師匠である石田一磨さんの考案によるものです。仲間内では5番目を省いて、石田さんの「4原則」として知れ渡っています。

石田さんの「囲碁の薬」が初・二段以上を対象に考案されたのに対して、浅井さんの6段階は中級者から初二段くらいまでを対象にしています。もっとも、どのクラスだからということなく、自分に無かった考え方ならば取り入れて碁を打つようにすれば、これまでとは違った質の碁が打てるようになるでしょう。


以下に石田さんの「囲碁の薬」についてのコメントを掲載します。
20代に教える立場になってからいろいろ考える中に「上達する為の分かり易い教え方」を模索するようになり 数年かかって完成したのが「石田の四原則」でした。
着手を考える時に 「どういうプロセスを経て決定するのか」を追及し その中から「普遍的な項目」を抽出した積りです。

同好会や個人を対象としてこれに基づき教えて来たのですが このネーミングは仲間内だけで使っていたもので 世の中には出ておりませんでした。
その後囲碁教室に関わるようになったのを切っ掛けに もう1項目を加えて「石田の五原則」として完成しましたが このネーミングでは堅苦しくそぐわないのでソフトな「囲碁の薬」としてカードを作成し配るようになりました。

特に棋譜解説に当たっては あらゆる盤面を「原則」の言葉だけを使って来ましたが 半世紀近くの間一度も困ったことは無く自信を深めております。
この薬を信じて服用された方々は 間違いなくその効用に驚かれることでしょう。

服用の際の注意事項 : 一番多い間違いは「弱い石かどうか分からない」「強い石かどうか分からない」等の疑問を持つことです。だからこそ「思う」と云う言葉が入っているのです。その人が思えば良いのです。
肝心なのは 服用することに集中することなのです。
2009.10.01  石田 一麿





home page
ホームページへ戻る